序章:伊藤園はお茶屋からはじまった

1960年代 従来の量り売りではないパック茶(リーフ)の販売開始

- 売場の創造 -

伊藤園グループ創業の原点である、日本ファミリーサービス(1964 年)を経て、1966年伊藤園の前身、フロンティア製茶設立。 従来の量り売りではないパック茶を販売することで、スーパーでリーフ製品がほかの食品と一緒に販売されるようになり、1968年茶業界で売上高トップに。 1969年、称号を伊藤園に変更。

当時、「静岡茶」「宇治茶」「狭山茶」など産地名で呼んでいたリーフ製品に、“伊藤園の「寿」「深緑」”といったブランド名をつけたことは、消費者の指名買いにつながる新しい試みでした


1972年 真空処理・二重包装の画期的なパック茶の販売開始

高速自動包装機を導入し、真空処理・二重包装を実現。当時としては画期的な商品でした。

パックインカートンの包装により品質の保持が強化されたばかりでなく、陳列しやすく親しみのある個性的なネーミングの商品でした


1979年 日本初のウーロン茶輸入代理店契約を締結


1981年 3月 世界初「缶入りウーロン茶」発売

- 無糖茶飲料市場の幕開け -

〜緑茶飲料のパイオニア『缶入り煎茶』の発売〜 緑茶飲料発明の歴史はここから始まりました。

其の壱:新しい飲用スタイルで、急須で入れた緑茶の味わいをより身近な存在へ

1984年、約10年間もの開発・研究期間を経て世界で初めて『缶入り煎茶』を発明

60〜70年代、缶コーヒーなどの登場により「飲料の多様化・簡便化・洋風化」が急速に進み、急須でいれるという手間のかかる緑茶は、時代のニーズに合わせる必要が出てきました。そんな中、伊藤園は『いつでも、どこでも緑茶をおいしくお飲みいただきたい』という想いから、「缶入り煎茶」の研究開発を開始。「家庭で飲む」インドア飲料だった緑茶を、「いつでもどこでも」飲めるアウトドア飲料として世界で初めて世に送り出しました。日本人の食文化に大きな影響を与えた「缶入り煎茶」の発売は、10年の開発期間を経た1985年のことでした。

其の弐:技術的な課題を乗り越えて、素材のままの味わいに。

「T-Nブロー技術(ティー&ナチュラル技術)」の採用

緑茶を缶に詰めて商品化する場合、そこには2つの課題がありました。
「変色」:緑茶飲料を詰める際、缶に微量の酸素が混入し、カテキンなどと瞬時に反応することにより褐色に変色してしまう。
「香りの変質」:加熱殺菌によって緑茶本来の香りが変質。イモ臭と呼ばれる焼きイモのような強烈な不快臭が発生してしまう。
これらの課題をクリアするため、緑茶を缶に詰め、胴体に蓋を付ける直前に缶内部へ窒素ガスを噴射することで、酸素を追い出す「T-Nブロー技術」を採用。緑茶の変色を防ぐことに成功しました。

「茶葉」+「抽出時間」+「抽出温度」の組み合わせを追求

さらに、産地や茶種・茶期を厳選し、それぞれの茶葉の組み合わせを変える「原料ブレンド」、秒単位で調整する「抽出時間」、1℃単位で調整する「抽出温度」、これらの組み合わせにより香りの変質の課題も解消。添加物を使用せず【素材にこだわる商品づくり】を成功させました。これらの技術は今でも進化を続けています。

其の参:試行錯誤に明け暮れた、『缶入り煎茶』販売秘話。

お茶はタダで飲むモノ…という壁を乗り越える

「お茶はタダで飲めるもの」「お茶なんか」…。『缶入り煎茶』発売当初は、まだまだ、お金を払ってまでお茶を飲む時代ではありませんでした。この壁を乗り越えるため、当時の販売活動は、苦労の連続でした。

出張先でひらめいた「お弁当のお供に!」

それは、ある営業社員が地方へ出張する際の出来事でした。新幹線のホームでお弁当を購入する際、お弁当と一緒にポリ容器入り緑茶を売られているのを見て「そうだ、お弁当と一緒に売ろう!」。このひらめきが、お弁当屋・コンビニエンスストア様への営業をはじめ、お取引先様を徐々に増やしていくきっかけとなりました。

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