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お〜いお茶新俳句大賞 > お〜いお茶新俳句大賞とは > 最終審査会風景
お〜いお茶新俳句大賞とは
お〜いお茶新俳句大賞最終審査会の様子(第二十二回)
伊藤園お〜いお茶新俳句大賞の審査は、従来の俳句の決まりごとにとらわれず、自由でフレッシュな感覚や表現をもつ素晴らしい作品が選び出せるよう、俳句界をはじめ演劇、文芸、写真、書道など、さまざまな分野の方々9名を審査員にお迎えして行っております。
阿川佐和子(作家)
二人の新たな審査員をお迎えし、さらに活気づき、鋭さを増し、油断ならぬ状況になりましたことをうれしく思います。新審査員お二人の積極的なご参加が、私やおそらく他の皆様にとっても刺激となり、大変新鮮で楽しかったです。大震災を経験した日本において、これからますます俳句の果たす役割は大きくなったと実感した今年の審査会でした。
浅井愼平(写真家)
個性の強い方たちが集まっての審査会でしたが、結果としては非常にバランスの良いセレクションになったと思います。審査に新しい方が増えたことで新鮮な意見も出たり、楽しませていただきました。今回の文部科学大臣賞選出では小学生の部が圧倒的に強く、もう少し拮抗するようなものが出てきたら良かったのかな、とも感じました。発想や表現が同じような句が多いそうですが、オリジナリティこそが創作の一番大事なところだということを子どもたちに伝えていくことも必要だと思います。
金子兜太(俳人)
伊藤園の俳句は特別で、いままでの俳句とは少し違う。新鮮な感じで、これが現代の俳句というものなのかもしれない。しかし新しすぎるもの、奇抜すぎるものもある、と言われてきたが、次第になじんできた。今回は殊にその印象で、あとしばらくすると、俳句の現在の姿は伊藤園の俳句だよ、と確信をもって言われるようになるだろう。大臣賞の稲葉君の作品など少年にしてはきちんとしすぎるくらいだが、しかし新鮮。
倉橋羊村(俳人)
今回は久しぶりに小学生の作者が文部科学大臣賞を得た。十一歳と言う年齢に相応しい発想で、広大な銀河を天空の大河と見立てて、水切りの石を飛ばすという発想が見事だ。子どもの遊び感覚も宇宙へ向けてせせこましくない。子ども新俳句の一展開といってよかろう。応募数のうえでも、小中学生の投句が年々増加している。四十歳以上の作者が奮起し投句数が伸びることを、今後期待したい。
黒田杏子(俳人)
今年から最終審査のメンバーに加えていただき、新鮮な刺激を受けました。年少者からご高齢の方々まで文字どおり「俳諧自由」。縦横無尽にその心のかたちを新俳句にされています。在宅審査の段階でも、励まされ、パワーをいただきましたが、審査員全員が一堂に会し、朝から夕刻までディスカッションを重ねるその場の空気のよろしさ。愉悦感を覚えました。この仕事を通して、私も俳句作者・選者としての自分を革新してまいります。
武田双雲(書道家)
審査会初参加の私を、俳句のプロ中のプロの方が、広い心で受け止めてくださったこともあって、のびのびと自由に句と対面することができました。短い言葉でここまで感覚の世界、現実の世界を見事に表現できるのかと感動するばかりでした。日本が世界に誇れる文化だと確信に至りました。まだまだ自分の世界に対する見方がせまいのだと反省することができ、成長させていただきました。わかりやすくかつ、個性的な作品が多くてとても勉強になりました。
吉行和子(女優)
審査会はいつも活気があり、刺激的な時間となるのですが、今回から参加なされたお二方により、なお一層白熱しました。一句一句が丁寧に語り合われて、私にとっても、とても貴重な体験でした。いつも感じるのですが、子どもたちの句と高齢の方の句が、自由で独創的で楽しいです。やはり生活まっただ中の方たちは大変なのかも知れません。せめて心の中だけでも、自由の風を吹かせてください。
フィリップ D.ジトウィッツ(明治大学教授)
今年の作品には、東欧の俳句に見られる複雑さよりも、子どもの視点からのシンプルさと創造性が多く見られました。たとえば、われわれが選んだ大賞作品は、一茶の無垢、慈悲、英知の精神に通じるところがあり、われわれがコントロールすることのできない自然界の絶対的自由性を際立たせています。そういった自然な自由さと無目的さをもつ風を、路地の野良猫(an alley cat)にたとえています。
星野恒彦(俳人)
英語俳句が世界でとても人気があるのは、すぐに書け、すぐに読めるからではない。日常の暮らしの中の一点を見つめ、シンプルに素直に表現して、詩となり得るからだ。頭でまとめようとしないで、心と感性を働かせよう。常識的な借りものではない自分の気持ちを出そう。英語俳句は、直接全世界とつながることができる。書けたら声に出して何度も読もう。
これまでの歩み
受賞作品が決まるまで
最終審査会風景
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